研究内容

1.アルツハイマー病の画像診断法の開発研究(JST育成研究、統合的分子イメージングプロジェクトほか)

 現在日本には約450万人の認知症患者が存在し、その約60%がアルツハイマー病とされている。しかし、いまだに有効な診断方法がない。そこで我々は、フッ素MR画像法という最先端の技術を駆使し、アルツハイマー病MR画像診断薬の開発研究を行っている。これまでに、230種類以上の化合物をスクリーニングし、有望な新規化合物34個を特許出願した。なかでも、Shiga-Y5は先行薬の10倍以上の強いフッ素NMR信号を出し、アルツハイマー病モデルマウスで老人斑の画像化に成功した。細菌を用いた復帰突然変異試験やラットやマウスを用いた安全性試験の結果、Shiga-Y5の安全性は高く変異原性もないと考えられた。加えて、Shiga-Y系化合物は、アルツハイマー病の原因物質であるアミロイドβペプチド凝集体に対してエノール型で結合し、ケト型で遊離するという優れた性質をもち、アルツハイマー病の画像診断薬として優れるのみならず、互変異性を利用した体外診断薬への展開も可能である。ケト・エノール互変異性を利用した画像診断薬や体外診断薬という発想はこれまでなく、新しい創薬理論を提出するものとして国際学術誌で発表した。老人斑の画像化をより高感度に可能にするためのフッ素MR画像診断用の装置の改良や新しい測定法の開発も行い、国際学術誌に論文発表した。アルツハイマー病の非侵襲的な画像診断法の開発は世界的な競争にある中で、フッ素MR画像技術によるアミロイドイメージングは、我が国がリードしている分野のひとつである。近い将来に予想されている高磁場MR画像装置の臨床現場への導入に備え、フッ素MR画像という次世代MR画像技術によるアルツハイマー病の診断薬をわが国で開発しておくことは、国際競争に打ち勝つためにも重要と考える。さらに最近、我々はCurcuminやShiga-Y5が、ß-sheet構造をもつAß凝集体のみならず、Aßオリゴマーとも結合することを明らかにした(Yanagisawa et al. J Alzheimers Dis. S24: 33-42, 2011)。Aßオリゴマーは、神経毒性が強いことが知られており、CurcuminやShiga-Y系化合物がアルツハイマー病の治療にも役立つ可能性がある。そこで、アルツハイマー病モデルマウスにShiga-Yを5カ月間、経口投与したところ、認知機能の低下を有意に抑制し、脳内のアミロイド凝集体量やグリア細胞の反応を減少させることを明らかにした(Yanagisawa et al. Neurobilology of Aging, 36: 201-210, 2015).


図1.Shiga-X7とShiga-Y5の構造式とアルツハイマー病モデルマウスの老人斑に結合したShiga-X7(A)とShiga-Y5(B)。モデルマウスの静脈内に投与した開発化合物は、脳に入って老人斑に結合して特徴的な蛍光を発する。


図2.Shiga-Y5の入ったバッファーにAß凝集体を加えると30分以内にオレンジ色に変化する。Aßモノマーには反応しない(Yanagisawa D et al., Biomaterials 31: 4179-4185, 2010)


2.神経伝達物質および神経活性物質に関する神経科学的研究

 アセチルコリンを神経伝達物質とするコリン神経系は、脳では学習・記憶の神経回路を形成し、アルツハイマー病で強く障害される。我々は神経難病再生学分野の木村宏教授と共同で、コリン神経に関する基礎研究も行っている。とくに、2000年にTooyama and Kimuraが発見したアセチルコリン合成酵素(ChAT)のスプライスバリアントpChATについて、国際共同研究プロジェクトを遂行している。さらに、日本学術振興会外国人特別研究員のAbdelalim博士とは、脳や発生過程におけるナトリウム利尿ペプチドの機能的に意義の解明研究を行っている(Abdelalim EM, Tooyama I, PLoS ONE 4(4): e5341, 2009; Cell Death Dis. 10(2): e127, 2011)。神経難病の克服には、こうした神経科学の基礎研究の積み重ねも重要であると考えている。

図3.迷走神経切断後、3日目(上段A, B, C)と7日目(下段D, E, F)の迷走神経背側核におけるcChAT(赤)とpChAT(緑)陽性神経。CはAとBの、FはDとEの合成画像。切断3日後には、cChATは消失し、かわりにpChATが発現する。7日目には、cChATの発現も回復し、一部の神経細胞では、両者が共発現している(Saito et al., J Comp Neurol 513:237-248, 2009)


図4.着床前胚と胚性幹(ES)細胞には、A型ナトリウム利尿ペプチド受容体(NPR-A)が発現している。上段左から、マウス着床前胚の顕微鏡写真、Hoechst染色、NPR-Aの免疫細胞染色、Oct-4の免疫細胞染色、NPR-AとOct-4の免疫二重染色。下段は、マウスES細胞における同様の染色結果(Abdelalim EM, Tooyama I, PLoS ONE 4(4): e5341, 2009)