成体脳に存在する神経幹細胞および神経細胞新生は、ストレス負荷や環境因子で変動することが知られています。しかし、そこにどのような分子機構が働き、どうすれば神経細胞新生を増やせるのかなどはよくわかっていません。
私たちは、成体脳の神経幹細胞の動態と動物の気分や情動との関係を明らかにしたいと考え、マウスのストレスモデルを作製して神経幹細胞の動態を解析しました。その結果、強制水泳というマウスにとってストレスになることを慢性的に負荷することによって、神経幹細胞の数が減少することがわかりました(J Neursci Res 2007)。
強制水泳のストレスを3週間負荷すると神経幹細胞の数が約2割減少しました。
その結果、嗅球に供給される新生神経細胞の数も減少しました。
興味深いことに、神経幹細胞数の減少は自然には元にもどりませんが、抗うつ薬の投与によって回復することが明らかになりました。ただ、抗うつ薬そのものに神経幹細胞を活性化する作用はなく、神経幹細胞の増加はセロトニンの作用を介したものだろうと考えています。
強制水泳ストレスのあと、通常の飼育下だと3週間後にも神経幹細胞の減少は変わりません。
フルオキセチンやイミプラミンといった抗うつ薬を飲水に混ぜて投与すると、神経幹細胞の数が正常まで回復しました。
ちなみに、抗うつ薬に神経幹細胞に直接働きかける薬理作用はなく、セロトニンを増強する効果を介してこのような効果を発揮すると考えています。
これらの結果は、私たち成人の脳に存在する神経幹細胞や、そこから作られる新しい神経細胞の数が、ストレスなどの刺激から強い影響を受けていることを示しています。
C型肝炎などの治療に使われているインターフェロンαは、副作用としてうつ病を発症しやすいことが知られ、血小板減少とともに長期投与する際の大きな問題点でした。私たちはこの弱点を逆手に取り、インターフェロンαの慢性投与によるうつ病モデルマウスを作製し、そのメカニズムの解明に取り組みました(Stem Cell Rep 2014)。
まず最初に、インターフェロンαが神経幹細胞に作用するかどうか調べました。その結果、培地へのインターフェロンα添加が、濃度依存的に神経幹細胞の自己複製能を減少させることが分かりました(上段)。
インターフェロン受容体をノックアウトした神経幹細胞では、このような作用が消失することから、インターフェロンαの作用は神経幹細胞に直接働いていると考えられます(下段)。
興味深いことに、インターフェロンαの作用は胎仔脳由来の神経幹細胞では観察されず、成体脳の神経幹細胞のみに見られるものです。
このマウスでは、脳室下層や海馬歯状回の神経幹細胞や神経細胞新生が減少しているだけでなく、抑うつ状態を示唆する行動の変化も現れました。インターフェロンαが、成体脳の神経幹細胞の自己複製能を低下させることにより、うつ病様の行動変化を起こしたと考えられます。
マウスは一般に新規なものへの好奇心が旺盛ですが、インターフェロンα投与によって、新規なものへの興味が減少しました(上段)。
下段は、尾懸垂試験や強制水泳試験で、インターフェロンα投与によって抑うつ的な反応が増えることを示しています。
以前に私たちが行ったストレスモデルの研究は、そもそも慢性ストレスがうつ病モデルになり得るのか、という根源的な弱点を抱えていました。今回の薬物の副作用によるうつ病モデルは、その弱点を克服するのみならず、インターフェロンα投与によって霊長類でうつ病モデルを作製することが可能なことを示唆します。
本研究は、名古屋市立大学再生医学 澤本研究室との共同研究で、厚生労働省肝炎等克服緊急対策研究事業などのサポートによって行われ、Cell の姉妹誌 Stem Cell Reports に報告しました。